何事も希望を持って耐えれば、必ずその夢が実現する時が来る。どんな人にもどんな時にも、希望を持っていれば必ずその時が訪れると。昔、日蓮上人がこう言ったそうです。『冬は必ず春となる』秋には枯葉が小枝と別れ、土に落ちて埋もれます。長い冬が過ぎて、やがて春となって芽吹き、緑の葉が茂ります。
さて皆さんはどうですか?希望を持っていますか?そして耐えていますか? 苦しくたって、悲しくたって、必ず春がやって来るって、知っていますよね。だからそれを忘れないで、これからの人生の喜びと、楽しみのために希望を持って耐えましょう。
春には春の花が咲き、秋には秋の実が熟れる。一年は春が先か、秋が先か?生から死へ、何事も栄枯盛衰を思えば春が初めかな。そして冬が終わりであれば、今まさに一年が始まります。作られるもの、生まれるものにしても、最初は新しく、また小さく生まれ育って大きく逞しく美しくなり、大輪の花を咲かせます。そして熟し、実り、子孫を残して余生を送り、やがて消えて行きます。はかなきは命かな!と思い、生の終焉に繋がるとは言え、決して悲しいばかりではありません。万物はすべて同じ運命を辿る訳です。
人が人と出会い、結ばれるのも、やがて成熟した時期を過ごし、死が二人を分ける時を迎えるのです。私は、歌を歌っていて、つくづく思うのですが、1番は、出会いの時の君のようです。2番は、恋するときの君のようです。3番は、寂しい後姿の君のようです。別れの言葉、思い出、そんな歌が日本の歌にはとても多いのですが、それが時の流れなのだと思えば、いかに2番のところを楽しく長く持続させるか、そして如何に終わりを寂しくなく、悲しくない充実した形で終わらせるか?これって人生の永遠の課題かもしれませんね。人生は晩年になるほど幸せでないといけない。そのために何をしたらいいのでしょう。それを考えて生きたらいい。人生とはいいものだ。そう言えるように。